編集ラミ(l’ami)-自費出版

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編集実績
  


 70年のあゆみ    埼玉県バレーボール協会



2018年2月20日発行、A4判、163ページ、並製本、箔押し金色1色 ISBN 978-4-905519-14-0 C0075

 永遠のいち日   根本順善


「半夏生」「悪だくみ」「嫉妬」「永遠のいち日」渾身の4作品が収められている。
たとえば題名ともなっている「永遠のいち日」の一部はこうだ。「日本兵は、まるで射撃の標的そのもののようにバダバタと斃されていった。
ただ橘一等兵は、この最後の突撃に加わることはできなかった。彼もロン・ヘイズも、この日よりも3日はやく、地獄谷と呼ばれた、タポーチョ山の西側に落ち込む谷筋の激戦で死亡していたからである。
七月九日、米軍のスプールアンス海軍大将は、サイパン島占領の声明を発信した。
米軍の死傷者14111人、生き残った日本兵は、およそ1000人。三万余名の将兵を失った日本軍は、サイパン島の戦闘を玉砕と称した。こうし70余年前にサイパン島は、ただひとつの飛行場を確保するためだけの死闘を演じたのである。」
この作品は、一つの飛行場を守るために3万余りの日本軍が尊い命を散らしたサイパン島が舞台。ここはまだ多くの遺骨が眠ったままである。この激戦地で戦死した日本軍兵士とアメリカ軍兵士が70余年の歳月を経て、自らの生を語り始める。
著者が残しておきたいと思い書き上げた、他に3つの作品が収められている。

2017年7月20日発行、四六判、248ページ、並製本、表紙2色 ISBN 978-4-905519-13-3 C0093

川柳句集 白い午後  四分一周平


著者が長年の間作り続けてきた2万句の川柳の中から300句ほどを選び抜いた川柳句集です。著者はあとがきに「川柳の原点は写真にあった。二十代前半、同世代七、八人の「写真集団 風」に居た。仲間たちは当時、全国誌のコンテストに応募し、多くの入賞者を輩出し、カメラ雑誌を賑わせた。その頃親友と「心の具現化」について熱く語った。そして、造形風景から心象風景と自己の主張を強めていった。
その頃出逢った二人の心の師が偶然にも川柳家であった。二人とも川柳研究社の幹事であり、作風の違う二人であった。私は写真を離れ川柳へとのめり込み、心の具現化を目指すこととなり、師の後について川柳研究社で勉強させてもらった。そして感じたことはどちらも省略の世界であると言う事だった。
定年を機に句集を作ろうと思っていたが延び延びになり今になってしまった。書き溜めておいた二万句の中から三百句程度を選んでみた。そして気付いたことは、ユーモア句と心象句(自分で勝手にそう思っている)が多いと言うことだった。これが自分なりの表現方法なのだろう。
川柳をやっていて今まで多くの柳人に出逢った。そして多くを学び、多くを吸収させていただいた。私は自由律に興味を持ち、俳句の尾崎放哉や川柳の中村富二、大島洋氏の作品に憧れている。この先どんな物語が描けるか分からないが、今まで以上に叫んで、吐いてみたい」と書いています。
自由律。川柳には五七五という定型があるけれども、著者の作風は、この定型からもかなり自由である。型にこだわらない自由な魂が感じられる。また、著者のいう心象句は、シュールレアリズムを思わせる。現実がいったん昇華されて、言葉と言葉が、まるで引力にひかれるように引き合いながら紡がれている。萩原朔太郎やダリを思わせる不思議な世界がある。著者が切り取ったさまざまな世界が読者を魅了してくれるはずだ。

2016年10月150日発行、四六判、124ページ、並製本、表紙1色 ISBN 978-4-905519-12-6 C0092


タバのくに ノタのくに 山家雅宣


絵本です。日本語・スペイン語・ドイツ語・英語・フランス語の5か国語で読むことができます。またDVDも付いています。
DVDに、プロジェクターで投影・再生できる、日本語、スペイン語、ドイツ語、英語、フランス語版の絵本が入っています。ご利用ください。

Japanese, Spanish, German, English, French for this picture book and for the projection(DVD)

2016年9月10日発行、A4判、36ページ、表紙・本文4色カラー、並製本 ISBN 978-4-905519-11-9 C8771


歌集 秋篠川   山家雅宣



「序に替えて」に「私がこの詩集を書き出したのは平成七年の事である。最初は詩集
を出すと言うことは思ってもいなかったが、次々と詠んでいるうちに数が多くなり溜ま
ってしまった。和歌と言えば苦吟して一句一句詠み上げるものだが、私の場合は詠
んでいるうちに頭の中に五七五七七の枠ができあがり、上の句の五が出るとすらす
らと、続いて詩想が起こり、いつの間にか一首が完成すると言うことになっていた。だ
から、和歌は次々とできあがり、電車の中でも、歩いているときでも浮んでくる詩想は
手帳に記していき、何十首と言う詩が一度に出来てしまうこともあった。それをパソコ
ンに入れて保存し、数を増やしていったわけである。・・・約五十年の間に詠み溜めた
詩は二万首を越えるが、このたび、自分の歌人としての集大成として『歌集 秋篠川』
を出版することにした次第である。」と書かれています。歌人の生きてきた軌跡と生き
方が心を打ちます。歌人は日本禁煙推進医師歯科医師連盟会員であり、日本カトリ
ック医師会会員でもあり、日本笑い学会会員でもあり、またカトリック登美が丘教会信
徒でもあります。主な著書に「禁煙賛歌」(平成九年新風書房刊)、 「アントニー・ヨア
キム・グリン神父に捧げる歌」(関西印刷・平成一一年五月二十三日聖霊降臨の祝
日に発行)、「禁煙賛歌U」(平成二〇年文芸社刊)、「フランス巡礼の詩」(関西印
刷・平成二五年十二月二十四日発行) があります。


2015年12月25日発行、B5判、734ページ、並製本、表紙2色カラー ISBN 978-4-
905519-07-2 C0092

旧日活 大映村   旧日活・大映村の会



「あとがき」に「平成二十三年五月から書き始めたこの本も、やっとのことで「あとがき」の項目にたどり着きました。今は、平成二十七年三月であり、三年十ヶ月かかったことになります。
 大映村が消滅したのも三月であり、その時から数えると六十年経ったことになります。
 この旧日活・大映村の会は、平成二十一年四月に発足し、その年の八月二日(日)調布市文化会館たづくりで第一回懇親会を開きました。・・・会合では、目次に沿った項目をその日のテーマとして、雑談形式で話し合いそれを録音しました。それを基本として、構想を考え、不足部分や疑問点はさらに調べたり、他の方々に聞いたりして、間違えがないと私が納得したことだけを文章にしてまとめたつもりです。旧日活・大映村が消滅した当時の発起人達の年齢は、一〇歳から二一歳で、あどけない少年・少女だったのですが、今では七〇歳を超える高齢者が多くなりましたから、記憶が曖昧になっている部分もあります。このような発起人達ですが、平成二十五年九月からは集まる回数を毎月にして回数を増やし、目次の項目に沿って少しずつ話を進めていったのです。本書で登場する人たちは、私たちの少年・少女時代に、お世話になり印象ある方々ですので、あえて名字だけは実名にしました。ご迷惑になりそうな場合のみ、イニシャルにしました」とあります。映画を支えた旧日活、大映村に住んでいた子供達が、当時を振り返ってまとめた映画マニア必読の一冊です。
2015年10月27日発行、A5判、290ページ、並製本、表紙3色カラー ISBN 978-4-905519-10-2 C0074

忘れ残りの記   新井良一郎


 「あとがき」に「戦前・戦中・戦後。山あり谷ありの幾歳月、生まれ年の干支(未)を閲すること四度の今日、せめて、生きてきた「痕跡」でも残して置きたいと、篋底に秘した一九〇〇年代執筆・雑文類の活字化(自費出版)を思い立ち、……結実して本書となった。お目通しいただければ幸甚である。」 と書かれています。著者は初代熊谷市長の孫にあたる。略歴には「1948年4月 東京医科歯科大予科入学 1955年4月 東京医科歯科大歯学部卒 1956年4月 北海道大学歯科勤務 1959年4月 札幌医大口腔外科教室勤務(講師・医学博士) 1963年5月 熊歯入会(健介・家族会員) 現在地に開業 2003年3月 閉院(73歳)」とあります。個人史を越えた、貴重な社会的体験は日本の歴史と絡み合っています。個人にとっても大切な一冊ですが、貴重な歴史的資料の一面も持っています。

2015年9月20日発行、A5判、430ページ、並製本、表紙4色カラー ISBN 978-4-905519-09-6 C0023
冬の花火   根本順善



  北部ルソン島での激戦を体験し、戦友を失いながらも生き残った主人公。自分だけ生き残ったことへの罪悪感から激戦地を記憶から消して生きてきた。ところが昭和が終わりを告げた時、どうしてもかつての戦場に立ち、砲撃で肉体を散らして死んでいった戦友たちと向き合いたい願いがこみ上げてきたのだ。かつての戦場に足を踏み入れた主人公は、戦時にお互いの愛を確かめ合った女ゲリラに会う。すでに老境に入っている主人公は「老いさらばえての出来事で、その出来事がひとの道として赦せるのか赦してはいけないものなのか、自分自身でも判断を下せない体たらくなのだ」と自覚しながらも、妻のもとを去り、かつての女ゲリラと生活することを選ぶ。そんな夫の思いを、妻は認め、送り出す覚悟を決めている。
人は過去を背負いながら生きている。そして今の意志がある。生きているということは、自分の意志を今という流れの中に投げ出していくことに他ならない。主人公の覚悟、それを受け止める妻。それも「生きていくこと」だろうと納得させられる。激戦地を舞台にして、著者は人と心を見事に描いている。
著者は序でこう書いている。
「昭和十六年十二月八日、日本海軍の機動部隊によるハワイの真珠湾攻撃で戦争の火蓋が切られ、昭和二十年八月十五日、日本の無条件降伏という屈辱で終焉した大東亜戦争(太平洋戦争)で、日本民族は三百五十万余の将兵と、大勢の民間人までを犠牲にした。
そんな悲劇の歴史的事実のなかで、これから述べようと思う私の戦争体験など、あるいは取るに足らない物語かもしれない。さまざまな戦場で生き残った兵士たちは、軍隊の体もなさない組織の中で、みんなそれぞれが筆舌に尽くし難い辛酸を舐めた末に生還した。
今年は戦後七十年のいわゆる節目の年でもある。はからずも生き残ってしまった一兵卒が、いままで自身の記憶の中に押し込めてきた戦争中のある特異な体験を記して生き恥を晒すのも贖罪になるかもしれないと、あらためてそんなふうに思ったのである。
理由のひとつは、日本の未来はどう見ても混沌が跋扈するばかりの兆しが濃厚で、先の戦争体験者が今生からすべてあの世へと旅立ってしまったときに、それは歴史が証明するまでもなく、またぞろ、本物の戦ごっこが勃興してくる気がするからだ。
そんな時代だけは招いて欲しくない。」
これは著者の願いだ。
フィリピンの激戦地での生と死を胸に刻んで生きてきた主人公を描くことで、「戦地での女ゲリラとの愛」と「戦後の日常生活での夫婦愛」も描いている。戦後70年を経た今、主人公の視点を借りて、戦争を問い、愛を問い、人生を問うことで、今の自分を見つめられるかもしれない。著者からのメッセージが胸にしみてくる。

2015年8月15日発行、四六判、320ページ、並製本、表紙2色カラー ISBN 978-4-905519-08-9 C0093

友よ、戦争をしない世界を創ろう!   桃山直太朗


 「積極的平和主義」について、「集団的自衛権の行使」について、「憲法改正」について、「特定秘密保護法」について、「原発再稼働」について、「武器輸出の規制緩和について」、「辺野古米軍基地建設」について、どうもそれは違うだろう!と著者は違和感を覚えている。そしてその違和感と対峙する。書かれている内容の幅は広い。裁判員制度、演歌、映画俳優など。何を書いても「戦争をしない世界を創ろうよ」と語りかけてくる。著者は「はじめに」で「地球の将来も日本列島の将来も、真面目に考えると、正直、大いに不安である。だが、気持ちを塞いでばかりいても何も善いことはない。成り行きはきっぱり天に任せるとして、希望だけは持って、元気に策を練って、力強く生きて行きたいものである。21世紀、暗闇の日本から、光明と方策を求めて、旅に出ようではないか。」と書いています。
 この著書は、現在の政治的不安要因を乗り越えて、前向きに未来を見つめていこうと語りかけています。

2015年4月25日発行、四六判、2000ページ、並製本、表紙3色カラー ISBN 978-4-905519-06-5 C00313

バレーボールと腰痛   埼玉県バレーボール協会・医科学委員会


 スポーツによる腰痛ではスポーツ種目によって腰部の負担が異なります。このため治療後のアスレチックリハビリテーションが異なってくるのです。
  今回スポーツと腰痛の関連性に理解を深めていただくために、まず腰痛の一般的な知識を説明しました。そしてスポーツ競技の中からバレーボール競技に的を絞り、バレーボール競技と腰痛の関連性、医療機関を受診したほうがよい腰痛、ハムストリングスの柔軟性トレーニング、安定性を目的とした体幹部の深層筋(インナーマッスル)と浅層筋のアスレチックリハビリテーション、適切な競技復帰、腰痛再発防止等について解説しました。
  この小冊子によりバレーボール選手・役員・関係者等の多くの方に腰痛を理解していただき、受診のタイミング、復帰のためのトレーニングの実践、腰痛予防について役立てていただければ有難いと思います。(「まえがき」より)

2015年3月31日発行、A5判、80ページ、本文 4色カラー、並製本、表紙4色カラー ISBN 978-4-905519-04-1 C3079

   根本順善


 江戸末期を時代背景とする短編小説3作品(題名は「舟饅頭の女 お千代」「地獄へ通う女 静乃」「比丘尼妙心 哀始末」)と、現代小説の1作品(題名は「きらら坂をのぼる女 知恵乃」)の4作品で構成されています。4作品とも「女」が描かれています。女の哀しい性が炙り出されていて、隠された女の情念が、それぞれの作品の中に息づいています。「きらら坂をのぼる女 知恵乃」は10年ほど前オール読物の新人賞の最終候補(1700作品中の5作品)に残りましたが落選でした。この3年後、加筆してコスモス文芸の新人賞を受賞しました。さらに加筆され、読み応えのある作品になっています。

2015年3月1日発行、四六判、260ページ、並製本、表紙2色カラー ISBN 978-4-905519-05-8  C0093 定価:本体1575円(+税)

信興の妻 自伝的能代武田家小史   武田 茂


「能代武田家の系図は、四百三十年前から明治初期までのものが残されていた。そしてそれを調べるうちに初代信興の妻の存在を知ることができた。記述はたった二行か三行しかないが、その存在を筆者の乏しい想像力を駆使して本稿で伝えてみたいと思う」と、秋田県能代市出身で能代武田家を祖とする著者はまえがきに書いている。そして、甲斐武田の歴史的事実と能代武田家に伝わる事実を比較対比しながら、自分のルーツを遡りたどっていく。工学博士である著者の飄々とした文章と探究心がほどよく混ざりあい、硬くなりがちな系図の世界が読みやすく描かれている。

2014年12月20日発行、A4判、50ページ、p1-p8 4色カラー、p9-p50スミ1色、並製本、表紙4色カラー ISBN 978-4-905519-03-4 C0023 |

遅咲き人生   裄V 守


写真を1100枚以上使用し、80年の人生を「写真で綴る私の人生」としてまとめ上げる。

2014年3月30日発行、A4判、344ページ、本文コート紙スミ1色、オフセット印刷、角上製本、表紙2色、カバー2色、ISBN 978-4-905519-01-0 C0023


女のほむら   根本順善


 毒婦として明治の初期を騒がせ、日本で最後の絞首刑になった高橋お伝を描いた小説。運命に翻弄されながらもいちずに生き抜こうとした女としてのお伝が描かれている。著者は映画監督でもあり作家でもある。主な映像作品に、「愛のなぎさ」(東宝配給)、「北緯十五度のデュオ」(自主上映)があり、他にテレビドラマ、テレビドキュメンタリーも多い。「比叡山紀行・阿闇梨二千日を歩く」で一九八八年度テレビギヤラクシー賞、「愛のなぎさ」で一九九一年度日本映画復興会議奨励賞を受賞している。著作物には、「敷島隊死への五日間」(光人社)、「人と契らば濃く契れ」(葦書房)、「ぼくは母さんの涙を見た」(ポプラ社)、「なぜ歩く・なぜ祈る」(風人社)などがある。日本映画監督協会・福利厚生委員会副委員長、銀幕維新の会・相談役でもある著者が、心に残る歴史上の「女」を、渾身の力を込めてかき上げた作品である。

2013年10月1日発行、A5判、262ページ、スミ1色印刷、本文 書籍用紙、並製本、ISBN 978-4-905519-02-7 C0093 |\1700E。アマゾン・キンドルストアで電子書籍としても購入可、\998E

ざんまい   四分一周平


熊谷川柳三昧会会報「ざんまい」200号記念。発行責任者四分一周平

2011年10月10日、A5判、12ページ、スミ1色印刷、本文 書籍用紙、並製本

バカのしおさめ   奥村嘉章


 著者は防衛通信社記者、航空ニュース社編集長をしていた。第一部では、著者自身が自分のピークであったと語る中・高一貫の男子校時代の日本大学第三学園、日本大学を中心に、著者周辺の交友関係、学園行事が語られている。第二部では、防衛庁桧町記者クラブ代表幹事でもあった著者は、業界紙記者として30年の間に知り得た情報をもとに、日本の行く末についても語っている。

2011年9月5日、四六判、254ページ、スミ1色印刷、本文 書籍用紙、並製本、ISBN 978-4-905519-00-3 C0023

ぴんぴんコロリ   中島博子



 著者が書き残した文章を、母親思いの子どもたちがまとめた。母親の生まれから、結婚、育児、戦争、生活が綴られている。タイトルの「ぴんぴんコロリ」は著者が日ごろ口にしていたことば。

2010年9月10日、A5判、61ページ、スミ1色印刷、本文 淡クリームキンマリ、布クロス(SNシャンタン使用)、上製本(編集ラミ創設以前に編集)

読書運動とともに   代田昇遺稿集



 日本子どもの本研究会の事務局長、同会長を務め、「子どもたちの読書の喜びを」と読書運動をすすめてきた代田昇氏の遺稿集。古田足日氏を中心に、代田氏の自宅で何度も編集会議をし、ポプラ社の協力のもとに出版された。私は、編集委員の一人として、編集実務を担当させていただいた。ポプラ社発売。

2002年4月3日、A5判、616ページ、本文スミ1色印刷、表紙2色、カバー4色、上製本、ISBN 4-591-07261-4 C0095 \1500E

ひょうたん池の子ら   高山智津子



  私が出版社で編集の仕事をしていた時に、個人的に編集をしたもの。著者が、金楽寺小学校15年の思い出にと出版した文集でもある。これは高山智津子さんの1冊目の著書となった。著者は、この本の出版以後、単著、共著合わせると30冊を超える本を出版し、全国行脚の講演も4000回を越えた。

1977年5月10日、A5判、200ページ、本文スミ1色印刷、表紙1色、カバー4色、並製本(出版社勤務の時、個人的に編集)